
チューリッヒの管理方法
NFMは、一九三一七年に資本金五00ドルで彼女が創業した会社である。
Pが同社を買収したとき、彼女は九O歳だったが、それでもまだ週に七日間、休みなく働いていた。
創業の日から、ミセスBのモットーは、J安く売ること、そして嘘をつかないこと。
だった。
Pが買収したときには、二O万平方メートルの底舗で、年間一億ドルの売上げがあった。
それが一O年後には倍増の二億O九OO万ドルに、Pに入る税引後の純益は七八OO万ドルにものぼるようになっていた。
目を惹くのは、NFMの売上げが、オマハの人口増加率を上回る高率で伸びていることである。
売上げが四四OO万ドルの頃、Pが、NFMはオマハの商売の全部をとってしまっているように見える、と言ったことがあったが、これほどの成長を続けることができたのは商圏を広げていったからである。
数年前に、Dが発表した家具販売業の人気ランキングによると、NFMは、オマハ市の二O庖中第三位に入っていた。
しかもNFMは、市の中心から二二0マイルも離れているのである。
ボーシヤイム宝石届ミセスBがロシアから移民して来てから、あまり時をおかずに、両親と五人の兄弟姉妹がやって来た。
そのうちの妹の一人Rが、Rと結婚し、彼らは一九四八年に、オマハで小さな宝石庖を買い取った。
Fの息子Aが一九五O年に加わり、その後、Aの息子と娘婿二人が参加している。
ブラムキン家が家具で成功した商法。
安く売り、嘘をつかない8 が、Fの宝石商売にも効果があった。
また、NFMと同じく、ボーシャイム宝石庖も広いスペースの一庖を持つだけだった。
そのため、経費率は競争相手に比べて数ポイントは低かったのである。
ボーシャイム宝石庖の売上げは大きく、仕入れに強かった。
低い経費率と、クリスマスには四000人を超すという客足の高さ。
Fは、成功への確かな方程式を手に入れていたのである。
ボーシャイム宝石屈は、NFMと同様に、オマハ以外にも商圏を広げることができた。
何百マイルもの遠くから訪れる客さえあった。
また、メール・オーダーにも強かったが、この部門の営業経費率はとくに低く、同業他社のほとんどが四O%なのに対して、一八%という低率だった。
ウォルマートは一五%であったが、Pに言わせれば、おむつの商売で有効なことは、ダイヤモンドでもうまくいく、ということである。
経費を低くすれば、値札も低くできる。
ということで、ボーシャイム宝石屈のシェアは拡大していった。
Pは、ニューヨークのティフアニーを除けば、オマハのボーシャイムの宝石類の売上げは全米一であると言っている。
F社一九八六年、F杜の会長BがPに手紙を書いた。
彼はかねてからPの株主であり、その年次報告書中の案内を読んでいて、Pの出した条件に魅力を感じたのである。
夏の頃に二人はオマハで会い、Pはまた一つ、企業を手に入れることになる。
F社の社業は、制服の製造・販売である。
ルーツは一八四二年までさかのぼるが、H家が関係するようになったのは一九四一年からである。
B家やF家と同様に、H家でも、ボブとジョージの兄弟と、その息子たちのゲーリー、ロジャー、フレッドの二世代にわたって経営に当たってきた。
彼らは従前通り経営していきたいと考えていたが、企業の資産の再配分も考、えてみたい、というニーズも高まってきていた。
そこで、現金を受け取ったうえに会社の持分についても一部は残すことができる、というPの申し出は、理想的なものであった。
今日まで、Pは、シンシナチ市にあるF社の本社を一度も訪れたことはなく、工場を見て回ったこともない。
事業の経営状態は堅調で、へルドマン家が、次世代の経営者を送り続けている。
Pは、一九八六年に四六OO万ドルを支払って同社の株式の八四%を取得。
その後の六年間に売上げは七五OO万ドルから一億二二OO万ドルに増加したが、投資額は年間平均二OO万ドル足らずであった。
一方、この間Pは、F社から税引後の純益として四九OO万ドルを受け取っている。
同社は、オハイオ州ウエストレークに本社があり、Rが経営に当たっている。
Pは、一九八六年に三億一五OO万ドルの現金で同社を買収したが、これはPにとって最大の買収案件であったが、彼の楽観的な予想を上回る成果を上げている。
現在では、同杜の三事業本部からの収益は、Pの非保険部門の営業収益のほぼ三五%を占めている。
ブックさらに一九九二年には、S社は税引前で一億一000万ドルの利益を上げた。
Pは「信じられないほどだ」と書いているが、この収益は、わずか一億一六OO万ドルの資本勘定から生み出されたものだった。
しかも、借り入れはほんのわずかに過ぎない。
この会社の株主資本利益率は、フオーチュン誌五OO杜のなかでも優にトップの一%に入る、とPは考えています。
過去七年の聞に、S杜は、固定資産および在庫を減らし、収益の一OO%以上をPに還元したと同時に、自社の収益をも増やしている。
Pは、同社の買収によって莫大な利益を収めたが、Pはその要因の一つが経営者のRである、と固く信じている。
Pは、一九九一年七月、靴の製造・輸入・販売業者のH・H杜を現金で買収し、一九九二年には、二五OO万ドルの税引前利益を計上している。
靴の商売は、うまくやってもなかなか難しいものだ、成功するには傑出した経営者がいなければならない、とPは言っている。
Pにとって幸いしたのは、買値の一部はFを取り込むためのものだったことである。
一九二九年に、Rという起業家が、H・H-ブラウン社を一万ドルで買収した。
そして、それからあまり聞をおかずに、Fという男がFの娘と結婚した。
結婚式の日に、彼は新しく義父となったFから、H・H-ブラウン杜で働こうなどとは決して考えるな、と言い渡される。
そこでFはM製靴に入社、後にMと改名した同社のCEOになる。
Rが九O歳で病に倒れたとき、彼はついにフランクに対して、H・H-ブラウン杜の経営を引き継いでくれるように依頼した。
Fの死後、一家は、同社を売却することに決めたのであった。
Pは、同社の買い取りに応じることにした。
難しい業種であることは承知のうえだった。
第一に、目を見張る高収益。
第二に、Fが経営者としてとどまる。
そして第三の理由として、同社が非常に風変わりな給与システムをとっていることがその理由であった。
とくに、この三点目が、Pによると「心あたたまる」ものであった。
毎年、主な管理職は、基本給として七八00ドルと、資本勘定への繰り入れ後の収益について各々一定率の配分を受ける、という仕組みである。
これによって彼らはか資本というものが、決してタダではない。
ということを知るだろう、とPは言っている。
一般には、利益、損失、再投資などと関係なく給与が支払われるものだと考えがちだから、というのである。
H・H-ブラウン社では、幹部社員は、皆オーナーとか同じ靴を履いて。
いる。
D製靴Pは、企業を買うときに、現金で支払うほうを好む。
しかし、ときにはPの株式と交換に相手企業の株式を取得することもある。
もちろん、その際には交換する株式双方の実質的な価値が同等以上であることが条件になる。
一九九三年の秋には、D製靴をその方法で買収して、製靴業への投資を増やした。
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